東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10464号 判決 1987年4月22日
原告
有限会社雅裳苑
右代表者代表取締役
山川康彦
右訴訟代理人弁護士
今井征夫
被告
株式会社東方会館
右代表者代表取締役
郷禎伯
右訴訟代理人弁護士
徳田幹雄
同
高橋郁雄
同
橋本正勝
主文
一 被告は原告に対し、金三二八九万円及びこれに対する昭和五九年九月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決の第一項は、原告が金一〇〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金三三九〇万〇七六四円及びこれに対する昭和五九年九月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨の対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告は、貸衣裳等を業とする有限会社であり、被告は、肩書地の「東方会館」において結婚式場を営む株式会社である。
2 原告と被告との契約関係
(一) 原告は、昭和五四年九月一日被告との間で、東方会館において挙式する関係者を対象とする貸衣裳営業の一切を原告に委託し、この貸衣裳営業から生ずる収益を、予め定める比率により原・被告間で配分する趣旨の、左記内容による契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
① 東方会館における貸衣裳営業の一切を原告が行う。
② 原告が右貸衣裳営業を行うについては、被告から東方会館内に衣裳室の提供を受け、内部の設備造作、什器備品、衣裳の調達、人員の派遣などはすべて原告の費用負担において行う。
③ 貸衣裳にかかる売上は、いつたんすべて被告に入金し、毎月末日締切で、売上総額の五〇パーセントを被告が取得し、被告は、残余の五〇パーセントに相当する金員を右締切日の翌々月末日限り原告に支払う。
④ 契約期間は一年とする。
(二) 本件契約の更新期を迎え、原告は、被告の要請により、保証金として金一億二〇〇〇万円を無利息で預託することとなり、昭和五五年八月四日金六〇〇〇万円、同年八月一三日金六〇〇〇万円を被告に預託し、契約は更新された。
(三) このようにして、原告は、東方会館において貸衣裳の営業を行つて来たものであるところ、昭和五八年六月被告から、同年八月末日をもつて契約を終了させる旨の通知を受けた。これに対し原告は、更に契約の継続を申し入れたところ、同年九月一日以降は、売上総額に対する被告と原告との取得割合は五五パーセント対四五パーセントに改めることとして、契約が更新された。
(四) ところが原告は、昭和五九年五月二一日被告から、次の更新期には契約を更新しない旨の通知を受け、被告と折衝したものの、被告の意思は固く、同年八月三一日をもつて本件契約は終了した。
3 本件契約に基づく原告の権利・利益
原告が昭和五五年八月に合計一億二〇〇〇万円という保証金を無利息で預託したのは、契約を長期的に維持発展させて行こうというにあつたのであり、以上の経過によれば、少なくとも本件契約は、昭和五九年八月三一日までは有効に存続していたのであるから、原告は、同日までは、東方会館を訪れる顧客との間で、独占的に、原告が保有する貸衣裳をもつて契約を締結し、収益を上げることのできる営業権を有していたものである。
東方会館においては、かねてから毎年一月と八月の二回、近く挙式予定の顧客を対象として、いわゆる「ブライダルフェア」を開催し、婚礼衣裳の展示のほか、料理、引出物、ハネムーンの案内、記念写真、印刷物等の展示を行つており、このうち衣裳については、原告がその保有する多数の衣裳を展示して顧客に見せ、そこで衣裳の賃貸借契約を締結することが行われていた。このような展示会は、貸衣裳業者である原告にとつて極めて重要な商機であつた。
4 被告の債務不履行又は不法行為
しかるに被告は、本件契約が有効に存続している期間内の昭和五九年八月一五日ころ、東方会館内において原告が占有管理していた衣裳室とは別に、自ら直営の衣裳室を開設し、そこに自ら手配・調達した多数の衣裳を保有し、東方会館で挙式する顧客との間で貸衣裳の契約を締結するに至つた。ことに、被告は、同年八月二七、二八日の両日、原告には何の相談もなく、かつ原告の貸衣裳室を除外して、東方会館内において衣裳の展示会を開催し、被告自らの保有する衣裳により、多数顧客との間で貸衣裳の契約を締結した。
被告の右行為は、本件契約に違反する債務不履行であり、原告の営業権に対する故意による侵害であつて、不法行為をも構成する。
5 損害
原告は、毎年八月に行われる衣裳の展示会において、多数の顧客から貸衣裳の注文を受けていたのであるが、前項の被告の行為により、昭和五九年八月一五日ころ以降は受注がなくなり、原告は右行為がなかつたならば得られたであろう得べかりし利益を失つた。その額は次のとおり金三三九〇万〇七六四円である。
(一) 昭和五七年八月展示会の売上は金八五四二万一〇〇〇円、同五八年八月展示会の売上は金八八〇三万五〇〇〇円であつたから、原告が同五九年八月二七、二八日の両日開催された展示会に自らの衣裳を展示し、受注していれば、少なくとも右両年度の売上額の平均値である金八六七二万八〇〇〇円程度の売上があつたものと考えられる。そうすると、原告の取得額は、右予想売上額の四五パーセントに相当する金三九〇二万七六〇〇円である。
(二) 原告の被つた実損を算出する場合、原告が右売上を得るために支出すべき費用のうち、免れたものがあれば、これを控除すべきところ、原告は、すでに衣裳の仕入れを終つており、その保管は東方会館から至近距離にある原告のブライダルサロンで行い、挙式の当日東方会館の着付室に持参すればよいだけであつたから、保管料、運搬料は現実にはかからない。たかだか事務のための数名分の人件費を支出しなくてよくなつた程度であるが、これを過大に評価するとしても、右取得額の一割程度である。そこでこれを控除すると、得べかりし利益の額は金三五一二万四八四〇円を下らない。
(三) 原告が右の利益に相当する金員を現実に取得できるのは、顧客が挙式日に貸衣裳の代金を支払い、かつ約定に従い被告が原告に対してその四五パーセントに相当する金員を支払うべき期限(締切日の翌々月末日)が到来したときである。昭和五九年八月の展示会において注文をした顧客は、同年九月一日以降遅くとも昭和六〇年一月末日までに挙式を行う者であるから、昭和五九年八月三一日現在の損害額を算出するため、右の得べかりし利益の額三五一二万四八四〇円から同年九月一日ないし昭和六〇年三月末日まで二一二日間の中間利息を控除すると、次の算式のとおり金三三九〇万〇七六四円となる。
35,124,840×(1−0.06×212/365)=33,900,764
よつて、原告は被告に対し、主位的に債務不履行、予備的に不法行為に基づく損害賠償として、金三三九〇万〇七六四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年九月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)の事実は認める。ただし、本件契約には、「期間満了の二か月前までに双方いずれからも文書による解除の意思表示がないときは、更に一年間継続されるものとし、以後もこの例による。当事者双方は、その都合により、一か月前に予告して契約を解除することができる。」との特約が付されていた。
同2(二)、(三)の事実は認める。
同2(四)の事実は認めるが、昭和五八年九月一日の更新に際しては、被告は、更新は今回に限り、来年は更新しないことにするよう求め、原告もこれを了承したものである。
3 同3の事実中、東方会館においては、被告が毎年二回、婚礼衣裳のほか各種の展示を内容とするブライダルフェアを開催し、このうち衣裳については、原告がその保有する衣裳を展示して貸衣裳の注文を受けていたことは認めるが、その余は否認する。
原告の本件契約上の権利は、東方会館の三階衣裳室において貸衣裳の営業を行うことなのであつて、被告が東方会館の右衣裳室以外の場所で貸衣裳の営業を行うことは何ら禁止されてはいないし、原告が右衣裳室において貸衣裳業務を行う権利を有していたのは、昭和五九年八月三一日までに貸出業務が完了する場合に限られる。すなわち、同年九月一日以降に挙式が行われ、貸出業務も同日以降となる顧客については、原告は本件契約上の権利を有しない。また、ブライダルフェアは、主催者である被告が開催の日時、場所、内容等を自由に定めて行うものであつて、原告がこれに衣裳を展示することは、本件契約の内容とはなつていない。
4 同4の事実中、被告が昭和五九年八月一五日ころ、東方会館内において、原告の衣裳室とは別に、自ら直営の衣裳室を開設し、そこに自ら手配・調達した多数の衣裳を保有し、東方会館で挙式する顧客との間で貸衣裳の契約を締結するに至つたこと、同年八月二七、二八日の両日東方会館内で衣裳の展示会を開催し、被告自らの保有する衣裳により、多数顧客との間で貸衣裳の契約を締結したことは認めるが、その余は否認する。右展示会は、同年九月一日以降に東方会館で挙行される結婚式のための衣裳の展示をしたまでであつて、本件契約に反し、原告の権利を侵害するということにはならない。
5 同5の事実は否認する。展示会を何時開催するか、これに原告を参加させるかは、被告の自由に決し得るところであつて、原告は、八月二七、二八日の両日開催された展示会に参加を求める権利を有していたわけではないから、原告の主張する損害と被告の展示会開催との間には因果関係がない。また、原告の利益は、取得額(売上の四五パーセント)の二割程度である。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二本件契約に基づく原告の権利・利益(請求原因3)について考える。
1 本件契約が、東方会館において結婚式を挙げる関係者を対象として、貸衣裳営業の一切を原告に委託する趣旨の契約であることは、当事者間に争いがなく、その契約書である成立に争いのない甲第三号証にも「原告は被告に対し東方会館の貸衣裳営業につき委託の趣旨に従い営業一切を担当し誠実に履行するものとする。」(第一条)と規定されている。<証拠>によると、右契約の締結に当たつた関係者の意図していたところは、東方会館における貸衣裳業務を原告一社に専属的に委託するというにあつたものであつて、被告が原告に使用を許す三階衣裳室以外の部屋を別の同業者に使用させて貸衣裳営業を行わせ、又は被告が直営で同じ営業を行うことなどは全く予想していなかつたことが認められる。右のような契約書の文言及び当事者の意思からするならば、原告は、本件契約によつて、東方会館における貸衣裳業務を独占的に行う権利を附与されたものと認めるのが相当である。
2 本件契約の期間が当初一年とされていたことは当事者間に争いがなく、右の甲第三号証によると、本件契約には、「期間満了の二ケ月前までに双方何れからも文書による解除の意思表示を行わない場合、更に一ケ年間継続されるものとし、以後もこの例による。」(第二条)、「当事者双方は、その都合により一か月前に予告し本契約を解除することができる。」(第九条)との特約が付されていたことが明らかである。そして、<証拠>によると、原告は、当初契約締結に当たり、その期間を五年とするよう求めたが、被告から委託されて契約の交渉に当たつていた宇山嘉一が、期間は一年契約としその後は自動的に更新していくというのが業界の慣行であり、本件契約も自動的に更新されるから心配ない等と述べたため、契約書上は右のような条項となつたこと、本件契約は、現にその後順次更新され、昭和五八年六月被告から原告に対し、同年八月末日をもつて契約を終了させる旨の通知があつたが、歩率(売上総額に対する被告と原告との取得割合)を変更することによつて契約が更新され、その際被告側から交渉に当たつた鈴木國雄が原告に対し「更新は今回限りにし、来年は更新しない。」との条件を付したような事実もないこと、ところが、昭和五九年五月二一日被告から原告に対し、次の更新期には契約を更新しない旨の通知がなされたが、右通知書の文言は前年のそれとほとんど同じであつたため、原告は、条件次第では更新できるものと考え、被告と折衝したものの、被告の意思は固く、結局同年八月三一日をもつて本件契約は終了したことが認められる。
3 右に見たとおりの経過で、本件契約は昭和五九年八月三一日をもつて終了したのであるが、原告が東方会館において顧客から貸衣裳の受注をすることのできる時的な限界の点について考える。
<証拠>によると、一般に、結婚式場に予約をした顧客の九割以上はその式場で貸衣裳を借り、その場合挙式当日のほぼ二か月前までには衣裳を決めて貸衣裳の契約を締結しているというのが実情であつて、このことは東方会館においても同様であること、したがつて、貸衣裳の業務委託契約を終了させる場合には、貸衣裳業者が顧客との間で契約を締結したものの、挙式は業務委託契約終了後となるケースが多数発生し得るのであつて、このようなケースについては、契約をした業者がその後も責任をもつて衣裳貸付の業務を行うというのが業界の慣行であることが認められ、この認定に反する証拠はない。したがつて、貸衣裳の業務委託契約終了にともなつて必ず発生するこのようなケースにつき、委託者が貸衣裳業務を直営で行うとか、あるいは他の業者に行わせたいのであれば、当初の契約にその旨の特約を置くとか、契約終了に当たつてその点についての協議をし、合意を取り付けるとかの特段の手当をなすべきであつて、かかる手当がなされていない以上、業務受託者は、契約が存続している期間中は、挙式予定日が契約終了後となる顧客との間においても貸衣裳の契約を締結し得るものというべきである。本件の場合、当初の契約書である前掲甲第三号証には、かかる事態を予想し、契約終了前の一定期間には受注ができないことをうたつた規定はないし、契約終了に当たり、原、被告間においてその点についての協議がなされたことを認めるに足りる証拠もない。してみると、原告は昭和五九年八月三一日までは、挙式予定日が同年九月一日以降となる顧客との間においても貸衣裳の契約を締結し得る権利を有していたものというべきである。
4 次に、ブライダルフェアについて考えるに、東方会館においては、被告が毎年二回、婚礼衣裳のほか各種の展示を内容とするブライダルフェアを開催し、このうち衣裳については、原告がその保有する衣裳を展示して貸衣裳の注文を受けていたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によると、ブライダルフェアは、結婚式場が、予約した顧客を対象とし、キャンセルの防止と売上の増大を図るため行うようになつた催しであつて、東方会館においては昭和五五年から開催していること、その内容は、婚礼衣裳のほか、料理、引出物、演出、ハネムーンの案内、記念写真、印刷物等の見本を一堂に展示するものであつて、ここで多くの商談が成立しているというのが実情であること、秋の結婚式シーズンに向けてのブライダルフェアは、七、八月ころ行われる事例が多く、東方会館においても昭和五七年及び五八年は八月下旬に行つたことが認められる。証人鈴木國雄の証言中、この認定に反する部分は、たやすく措信できない。
なるほど、被告が主張するように、このような催しを行うことが本件契約の内容となつていたと認めるべき証拠はないが、被告がこれを開催し、その催しの中に婚礼衣裳の部門を含ましめる以上は、貸衣裳営業について専属的に委託を受けている業者としては、これに参加して商談をまとめることのできる強度の期待的利益を有しているものということができる。
5 以上要するに、原告は、本件契約に基づき、昭和五九年八月三一日までは、東方会館において挙式予定の顧客との間で、独占的に貸衣裳の契約を締結する権利を有していたのであり、また、被告がブライダルフェアを開催し、その中に衣裳部門を加える以上は、これに参加できる強度の期待的利益を有していたものということができる。
三しかるに、被告が昭和五九年八月一五日ころ、東方会館内において、原告の衣裳室とは別に、自ら直営の衣裳室を開設し、そこに自ら手配・調達した多数の衣裳を保有し、東方会館で挙式する顧客との間で貸衣裳の契約を締結するに至つたこと、同年八月二七、二八日の両日東方会館内で開催した衣裳の展示会において、被告自らの保有にかかる衣裳により、多数顧客との間で貸衣裳の契約を締結したこと(請求原因4)は当事者間に争いがない。<証拠>によると、右展示会は、被告がこれまで行つていたのと同様のブライダルフェアの一部をなすものであつて、原告が同年八月二三日ころ被告に対し、かかる展示会の開催は原告の営業権の侵害になるとの警告をしたにもかかわらず、被告はあえて原告を除外してこれを開催したものであることが認められる。
前段で認定したところに照らせば、被告としては、同年八月末日までは、原告の有している権利・利益を尊重し、少なくともその行使を妨げてはならない契約上の債務があるものというべきところ、被告のかかる行為は、この債務に違反する債務不履行の行為といわざるを得ない。
四そこで次に、原告が被つた損害について検討する。
1 <証拠>によると、原告は、被告が昭和五七、五八年の各八月下旬に各二日にわたつて開催したブライダルフェアに婚礼衣裳(付帯する小物を含む。)を担当して参加し、次のとおりの件数、金額の受注を得たことが認められる。
昭和五七年八月 二八四件
金八五四二万一〇〇〇円
昭和五八年八月 三一三件
金八八〇三万五〇〇〇円
右の両年度の件数及び金額を比較すると、いずれも上向きの傾向にあつたことが容易に見て取れるのであり、もし原告が昭和五九年八月二七、二八日の両日開催されたブライダルフェアに自らの衣裳を展示し、受注していれば、控目に見ても右両年度の売上額の平均値である金八六七二万八〇〇〇円を下らない程度の売上があつたものと推認される。被告は、現実にこれを開催し、自らの衣裳を展示して契約をしているのであるから、その売上が右の金額を下回るのであれば、その旨の証拠を提出して右の推認を覆すことが容易にできるのに、このような立証は何らなされていない。
原告の配分額が売上額の四五パーセントとされていたことは当事者間に争いがないから、原告は、右ブライダルフェアに自らの衣裳を展示し、受注していれば、右予想売上額の四五パーセントに相当する金三九〇二万七六〇〇円を下らないの金額の配分が得られたものと推認される。
2 ところで、原告の得べかりし利益を算出する場合、原告が右売上を得るために支出する筈の費用のうち、免れたものがあれば、これを控除すべきところ、<証拠>によると、原告は、右受注にかかる衣裳を賄うにはすでに衣裳の在庫があり、たまたま東方会館の道路を隔てた向い側に原告経営にかかる「ブライダルサロン」が存在していたので、東方会館に保管中の衣裳をここに保管すれば、九月以降の貸衣裳の貸付業務を何ら支障なく遂行することができ、そのための保管料、運搬料もほとんどかからないこと、ただし原告は、東方会館における貸衣裳営業の運営のため五名の従業員を雇用して、月額合計八〇万円の人件費を支出し、また、東方会館の衣裳室の賃料(電気料を含む。)として月額五万円を支払つていたから、経費として少なくとも月額八五万円の支出をしていたことが認められる。前掲甲第一〇、一一号証と原告代表者尋問の結果によると、八月のブライダルフェアにおける受注は、おおむね翌年一月までに挙式が予定されている顧客にかかる貸衣裳であると認められるから、原告は、契約終了にともない昭和五九年九月から翌年一月までの五か月分に相当する金四二五万円の経費を支出しないで済んだものと認めるのが相当である。また、<証拠>によると、ブライダルフェアの参加者は協賛金として金七〇万円を支払う必要があつたことが認められ、これも原告が支払いを免れた費用ということができる。
右の他にも考慮すべき経費が考えられなくはないが、この点についても被告において具体的な主張立証が容易であるのに、そのような経費についての具体的主張立証は何らされていない。
右のとおりであつて、控除すべき経費は、金四九五万円となり、原告の得べかりし利益の額は金三四〇七万七六〇〇円となる。
3 原告が右の利益に相当する金員を現実に取得できるのは、顧客が挙式日に貸衣裳の代金を支払い、かつ約定に従い被告が原告に対してその四五パーセントに相当する金員を支払うべき期限(当事者間に争いがない本件契約の条項によれば、締切日の翌々月末日)が到来したときである。昭和五九年八月の展示会において注文をした顧客は、前記のとおり、おおむね昭和六〇年一月末日までに挙式を行う者であると認められるから、昭和五九年八月三一日現在の得べかりし利益額を算出するには、前項の得べかりし利益の額から同年九月一日ないし昭和六〇年三月末日まで二一二日間の年六分の割合による中間利息を控除すべきであり、その額は、次の算式のとおり金三二八九万円(一〇〇円未満切捨て)となる。
34,077,600×(1−0.06×212/365)
=32,890,000
4 以上見たとおり、原告が、もし昭和五九年八月のブライダルフェアに参加して従前どおり原告保有の衣裳を展示していたならば、同月末日現在に引き直した金額として、金三二八九万円を下らない利益を挙げ得たものということができる。
なるほど被告が主張するとおり、ブライダルフェアを開催するか否かは被告の自由に属することあつて、原告としては、八月にブライダルフェアを開催し、これに原告を参加させるべきことを被告に請求し得る契約上の権利を有しているとは認められないが、反面、前記二で認定したところによれば、被告が同年八月末日以前に衣裳部門を含むブライダルフェアを開催する以上は、原告としては、これに参加して営業活動を行うことのできる強度の期待的利益を有していたものということができるのであるから、右のとおり算出して得た金三二八九万円をもつて、被告の債務不履行によつて生じた損害であると認めるのが相当である。
五以上の認定判断によれば、原告の本訴請求は、債務不履行に基づく損害賠償として、金三二八九万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることの明らかな昭和五九年九月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容するが、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書の規定を、仮執行の宣言について同法第一九二条第一項の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官原健三郎)